実は「世界平和」を願う”孤独な正義の男”の魂胆 ―― 一隅を照らす国、日本からの視点。

旧来のテレビを視ない生活の中にいても、ふと、激動の世界の「真実」が、別の形で見えてくることがあります。

今、世界を揺るがせ非難の目にさらされるドナルド・トランプ大統領。

「二転三転する発言」や「計算高いパフォーマンス」と批判されることも多い彼ですが、私はそこに、近年稀に見る「孤独な正義の男」の覚悟を感じてならないのです。

泥をかぶる「異端のメシア」か!?

彼の突拍子もない言動は、単なる中間選挙向けのアピールではありません。それは、あえて自ら揺さぶりをかけることで、平和を阻む「隠れた敵」を表出させるための、天性の演技。

彼は、誰からも理解されないことを承知の上で、オバマ氏やバイデン氏が残した「負の遺産」――ウクライナや中東の紛争――の尻拭いを、大真面目に引き受けています。

アングロサクソン主導の古い支配構造から脱却し、歴史あるイランとの新たな対話の道を探る。それは、数世紀続いた「邪悪な企み」から世界を解き放とうとする、あまりに孤独で、あまりに重い戦いなのではないでしょうか。

日本という「光」の存在の価値

そんなトランプ氏が既存の秩序を「地ならし」した後に、どのような世界を描くべきか。その大きなヒントは、私たちが住むこの「日本」に隠されている気がします。

世界を見渡しても、日本ほど公共心に溢れ、他者を思いやり、整った社会を営んでいる国は他にありません。この「和」の精神こそが、新しい世界が進むべき理想のモデルになるはずです。

「一隅を照らす、これ即ち国宝なり」

比叡山延暦寺の伝教大師・最澄は、かつてこう説きました。

大きな権力で世界を変えることだけが正義ではありません。政治の波がどれほど激しく、技術がどれほど加速しても、最後に残るのは、私たち一人ひとりが、自分のいる場所で灯す小さな明かりです。

最澄は、こうも説いています。

「国宝とは何物ぞ、宝とは道心なり」

宝石や金銭が宝なのではない。真理を求め、世のため人のために尽くそうとする「心(道心)」こそが、何物にも代えがたい国の宝なのだと。

トランプ氏という男が、孤独な批判にさらされながらもその戦いを続けているその奥底に、私はこの「道心」の一端を見ます。

そして同時に、自分の持ち場で誠実に今日を生きる私たちの中にもその「道心」がある限り、世界はきっと、一歩ずつ良い方向へ向かっていく。

私はそう信じています。

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歴史の「うねり」と、言葉の「野心」。平野啓一郎さんの投稿に接して思うこと。