標準語を作った張本人が、実は一番「標準語」を話していなかった!?〜皇室と言葉のびっくり歴史〜(^-^)。

「標準語というスーツ」を全国民に着せるよう命令した、当時の国家のトップ。 そう、あの明治天皇は、実は標準語をまったく話せなかったのです(^-^)!

出典:騎乗する燕尾型正服姿の明治天皇|Wikipedia
撮影・内田九一氏 - The Japanese book "明治天皇の大日本帝国" (Meiji Tenno No Dai Nippon Teikoku) published by 講談社 (Kodansha), パブリック・ドメイン, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=132428099による

■ 明治天皇は「ゴテゴテの京都弁」のネイティブだった!?

明治維新を迎えるまで、天皇家は千年以上ずっと京都にいらっしゃいました。 そのため、15歳で東京(皇居)へと移られた明治天皇が普段話されていたのは、東京の言葉ではなく、京都の最高級の上流階級言葉である「御所言葉(ごしょことば)」でした。

今で言う、ゴテゴテの、そして最高に雅な「京都弁」です。

公式な記録(教科書など)では立派な言葉に直されていますが、プライベートな空間での明治天皇は、側室や周囲の人たちに「お前、何を言っているのや」と、完全に関西風のイントネーションでお話しされていたそうです。

当時の政府の高官(東京出身の役人など)が天皇陛下にお会いした際、「陛下が何を仰っているのか、アクセントが独特すぎて聞き取るのが本当に難しかった……」という記録まで残っています。

つまり、「国を挙げて標準語を普及させようとしていた明治時代、そのトップにいた人こそが、一番標準語から遠い言葉を話していた」という、おかしな逆転現象が起きていたのです(^-^)。

■ 時代とともに「お着替え」してきた皇室の言葉

その後、大正、昭和、平成、令和と時代が進むにつれて、皇室の言葉も変化していきます。

昭和初期頃には、東京の山の手言葉をベースに、学習院などでさらに上品に磨き上げられた「〜あそばせ」「〜でいらっしゃる」という高貴な「ご学友言葉(学習院言葉)」が使われるようになりました。

そして現代。テレビやニュースを通じて国民と直接言葉を交わすようになった今の皇室のみなさま(天皇皇后陛下や愛子さまなど)は、日本のどこに行っても一音の狂いもない、「日本で最も正確で、最も美しい、完璧な共通語」をお話しされています。

日本で最も歴史あるご血統であっても、時代の要請に合わせて、代々「京都の言葉(普段着)」から「完璧な共通語(背広)」へと、話す言葉を着替えさせられていった歴史があるのです。

■ 「自分の日本語」がやっぱり一番!

さて、ここで改めて、言語学者の金田一秀穂先生のあの名言を思い出してみましょう。

「言葉って、みんなそれぞれが持ってるわけなんです。……“自分たちの日本語”が“いい日本語”なんです。」

もし、タイムマシンで明治天皇を現代にお連れして、私が標準語のアクセントに苦悶する姿をご覧になったら、きっと陛下はこう仰って笑ってくださるのではないでしょうか。

「何をそんなに苦労しとるのや。自分の生まれ育った日本語が、一番ええのや」と(もちろん、綺麗な京都弁で!)(^-^)。

私たちが朗読のステージで「標準語」という衣装をまとうとき、それは決して「自分の故郷の言葉が間違っているから直す」のではありません。遠くの人へ、作品の魅力を事故なく届けるための「共通の道具」を技術として使っているだけなのです。

標準語のアクセントに四苦八苦したときは、お腹の中でニヤリと笑い、明治天皇のゴテゴテの京都弁に思いを馳せてみてください。


そう思うと、なんだかこの厄介な標準語のアクセントも、壮大な歴史の波にちょっとだけ参加しているような、不思議な愛おしさが湧いてきませんか(^-^)?

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日常会話で「標準語」を喋る日本人なんて存在しない!?私が、お腹の中でニヤリと笑ってしまう“言葉のひみつ”(^-^)。